農村を離れると、農業を生業としない人たちを中心に集まる場所も現われました。職人や商人が居住する街です。九世紀、フランク王国の終焉と期を一にして侵入した異民族に対して、各諸侯は防御の城を築きます。村や街でも防柵や石壁、堀が造られて外敵に備えました。城は高台や山頂辺りに築かれたり、大きな都市は、ほとんど川の側に造られました。山頂も川も防御の役目を果たします。人が集まり住む場所は総て防御を考えて造られたのが中世の城や街です。これらの様子は現在でも欧州で見られます。
多くの建造物が木造の一〇、一一世紀、修道院教会は石造りの立派な構えの建物でした。クリニュー会、シトー会の修道院です。
シトー会の手掛けた開墾事業も一二世紀を頂点に役割を終えました。入れ替わるように農村や街が発展します。切り拓かれた森は農村と街の人や物の往来を容易にしました。穀物生産高は伸び、増える人口を支え、生活用品を生産、流通させる職人や商人も増えていきました。街はそのような職人や商人が支えた場所でもあります。続く
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